もし日本語教師がアラビア語を勉強したら
日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編を経て、日本生活復帰編に突入します!

2016年 振り返り

2016年を振り返る…

今年も残るところあと2日。
毎年年末年始は振り返りと抱負を書いているはずが、今年は全然ブログを書いていなかったので何がなんやらわからず…。
さすが日本の生活…忙しかったのね、私。

というわけで記憶と手帳を頼りに振り返って見ました。

【1月】
・初!日本のモスク体験…代々木上原の東京ジャーミーに行ってみました。ちょうど1月1日が金曜日で、新年ということもあって激混みでしたが、ご飯も配っていたのでちゃっかり頂いて来ました。おいしかったです。
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東京ジャーミー(モスク)外観。トルコ風。

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元旦だったせいか、ご飯が振舞われました!美味しかった。

・ヨルダン再来訪…先日ブログにも書きましたが、もう何も関係ない存在としてヨルダンに行って見ました。色々変わっていて微笑ましいような寂しいような…。学生たちの変わらない笑顔が嬉しかったです。でも、1月のヨルダンは超寒い!!もしまた行くチャンスがあったら、春に行きたいな〜。

・仕事面でいうと、学生が1人1枚(台?)iPadを使って授業を実施し、iTunesUでコース管理するデジタル化に挑戦(毎日がTry and errorな生活)。さらにはビジネスパーソンの日本語研修を任せてもらうようになり、ビジネスパーソン向け教材にも触れるようになりました。さらにさらに、JLPTのN1をプライベートで教えるようになり、必死でN1の猛勉強しました。

【2月】
・2月頭にヨルダンで一緒に活動していた人々と一緒に「ヨルダンお話コンサート」というイベントを実施。250人ぐらい入れるホールでアラブの音楽を演奏したりヨルダンの話をしたりしました(ちなみに私はピアノ担当)。私以外はみんな音楽の専門家(?)なので、お膳立てしてもらったイベントに乗っかった感じです。
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お話コンサート中のお話。


・Podcast「これアラビア語でなんていうの?」をちゃんとやる(第1回目は12月だけど、かなり適当だったので…)
・東京ジャーミーの「ヒジャーブイベント」なるものに友人(ムスリマ)と参加してみました。ムスリマたちによるヒジャーブについての意味や彼女たちがヒジャーブをかぶるまでのストーリーを聞きました。おもしろかったです。
・映画「オデッセイ」を見る...ロケ地がワディラム砂漠@ヨルダンだから。

【3月】
・特に動きはなく...ああ、日本で働いているヨルダン人女子と、日本語研修で日本に来たH先生とランチ食べたぐらいかな...。ハラールタイ料理@田端に行きました。

【4月】
・仕事面で、週に1回30分を8回という短期コースを任せてもらいました。発音クラスでしたが、気がつけばアニメでアフレコするクラスになってしまい、私の趣味全開でした。楽しかったです。

【5月】
・日本の学生たちとも徐々に仲良くなれて、ちょくちょく遊びに行けるようになって来ました。
代々木公園でピクニックをした時に、学生たちがカップルで参加しているのを見て、ただイチャイチャするだけじゃなくて家族として互いを支え合っている様子を見て、おー、若人ながら立派だなあ...なんて思いました。
・たまにアラビア語でクルアーンを読んで日本語で説明するクルアーン勉強会にも参加するようになりました。

【6月】
・ラマダン開始...まさかヨルダンで真面目に断食をしたことがないのに、日本で断食をしました。とはいえ、一緒に暮らしていた両親が見かねて止めに入ったので最後まで断食を続けることはできませんでしたが...。この時にイスラム教のことや仏教のことや色々本を読んで勉強しました。親とは喧嘩してしまいましたが、宗教的に染まれて居心地良かったです。
(そしてその後、ちゃんと和解もできました。あぶねー、あぶねー)
・嘉悦大学で當作靖彦先生のSNA(ソーシャルネットワークアプローチ)についてのお話を聞く&友人の友人である大学院生に話を伺って、研究っていいな〜と思い始めました。
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お話を伺った當作先生の本。サインをもらいました!

・JLPTまで1ヶ月を切って、JLPT対策が激化。スパルタで教えていました。

【7月】
・6月に出会った大学院生に紹介されて、大学院の説明会に参加。教授と直接話す事もできてかなりいい印象でした。今まで「研究」に対して「私には無理、関係ない」と思っていたものの、データで裏付けされた理論を展開して実践していくってかっこいいな〜と思うようになって来ました。そして大学院受験を決意。
・ヨルダンで日本語を教えていた学生が来日したので会いました。なんと4人も!!!(うち1名はプライベートな旅行で、あと3人は日本の大学生たちとの交流プログラムか何かでした)
 日本でヨルダンの学生たちと再会できるのは本当に嬉しいです。彼らも喜んでいるし、私も喜んでいる彼らを見られて嬉しい。でも、、、悲しい事もありますが、まあそれはまたいつかの機会に書けたらいいな。
・そして、仕事の量がこれまでの2倍近くに増えました。いろんなお仕事をさせてもらえてありがたや〜。

【8月】
・夏休み中にもサマーコースで授業をしていました。夏休み返上で働いていましたが休みが1週間ほどちょうどあって、その間に集中して大学院の勉強をしていました。
・ちなみに大学院の勉強は、
 ①研究計画書を書く...そのために何本もの論文と本を読む。ノートとりつつ読む。
 ②筆記の対策...過去問を入手して解きまくる(論述だったのでひたすら文章を書く)。
をしていました。
もう忙しすぎて楽しくなって来たのを覚えています。

【9月】
・ラマダン後のお祭りのイードなので何度目かの東京ジャーミーへ。本来はアラビックフェスタというイベントに行ったのですが、出店のアラブ料理は高すぎるし、出店が少なくて寂しい感じなので東京ジャーミーに流れて行きました。東京ジャーミーではイードのお祭という事もあり、食べ物も安価でたくさん売っているし、アラブ的な小物や服も売っているし、イスラム教徒の皆さんがたくさんいるし、子供がたくさんいて楽しい雰囲気満載でした。
・ビジネスパーソン向け日本語研修の勉強会に参加しました。色々教わることがあって、目から鱗!
・ついに大学院受験しちゃいました。結果、一次合格!

【10月】
・大学院、二次試験(面接)。いやもうしどろもどろすぎて最低の出来でした。自分の研究計画書なのにちゃんと説明もできなくて...今思い出しても恥ずかしいです。何を話したかあまり覚えていません...。
このショックを打ち消すために(?)、その日の夜の便でエジプト、アレキサンドリアへ!!!
夏から頑張って来た自分へのご褒美として何もしないバカンスを過ごしてきました。
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美しい地中海...。


・バカンス中に恐る恐る二次の結果を見ていたら、無事に合格していました。何事もなければこのまま来年は大学院に行きますインシャアッラー。

【11月】
・初めてアラブ音楽のコンサートを聴きに行きました。時間旅行をしている気分になれます!
・友人Mの結婚式。ともに海外で日本語を教えていた友人の結婚式なので感慨深いです。

【12月】
・来年にヨルダンに行く日本語教師と会えました!このブログのおかげでコンタクトが取れて、感謝です。


と、ざっと振り返るとこんな感じでした。

というわけで、来年は何事もなければ大学院に行く予定です。
帰国して2年が経ち、日本の生活にも慣れてきて学校以外のお仕事もさせてもらえるようになってきて、このまま日本語教師として自分はどうやって生きていきたいのかを考え始めた頃に運命のいたずらで(というか主に友人Aにつられて)行きたいな〜入りたいな〜指導していただきたいな〜と思える大学院と教授に出会えたのでそちらの方に流れていきました。

當作先生の「NIPPON3.0の処方箋」に、「言語学習は人間形成に必要」と書いてあり、衝撃を受けました。
言語は「わかる」がゴールなわけでなく、「できる」がゴールでもなく、「つながる」がゴールなんだと確信しました。
言語学習は人や世界とつながるため。
人と人とがつながることが幸せにつながる(らしい。人によると思いますが)。
つながるために人間の教師ができることって何?何をすればいい?

そんな疑問の答えを一つでも多く見つけて、世界に還元できる存在になれるように研究をしていきたいです。
そして、誰かの幸せのために貢献できる存在になりたいなー...という野望を抱いて来年も頑張っていきます。インシャアッラー。

(とか言って、仕事と勉強で研究どころじゃねえよーってことになりませんように...)
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自分がいなくなった場所に対しての思い

間も無くヨルダンから日本へ帰国して約2年が経ちます。
この2年の間に、私も変わったし、ヨルダンも変わったし、ヨルダンを取り巻く環境も変わってきました。

でも便利なもので、インターネットを使うと距離を超えることができます。
だから2年経ってもヨルダンで教えていた学生と連絡が簡単にとれたり、来日した学生たちに再会したり、いろんなご縁があって繋がることができています。

でもだからこそ...「ん??」と思うこともあります。

自分が2年かけて目指していたことが壊れていったり、良かれと思ってしたことが全然違う方向に向かっていて思わぬ展開を遂げてたりするわけです。

でも、ベルサイユの○らだってトイレのCMやっているような時代なので、自分が思い描いていたことがどう変わっていくかなんて自分でコントロールできるわけではないんですよね。
「生きるとは変わること」なんだと。


だから変わることが悪いんじゃないんです。
当たり前。
むしろ素晴らしきかな変化。


私は最初から2年だけの契約なのだから、むしろ契約が終わった今、アーダコーダいう権利はないんです。
そしてこのアーダコーダが正しいわけもないし。



帰国してから、私はヨルダンの経験を経て、国内の日本語教育の現場に教師として関わってきました。
今後も変化していく予定です。


でも、どんな現場に立っても、私の日本語教師としての履歴の中で「ヨルダンでの2年半」は、貴重な経験であり、誇れる時間でした。
また、教師としてだけではなく、生活の中でもヨルダンでの経験に守られたり助けられたりしてきました。
過去形で書きましたが、きっとこれからも、いやむしろこれからはもっと美化されて輝いているような思い出になって、私の人生を助けてくれるでしょうインシャアッラー。


思い出とか美化してかっちょ悪いけど、人生を止めることも巻き戻すこともできないのでこれから与えられる道を一生懸命生きようと思いました。

パンダ効果@アレキサンドリア

久しぶりに海外に行って、自分が外国人である状況になり「ああ、パンダだなあ...」と感じました。

カナダやアメリカの大都市だったらアジア人だろうが何人だろうが関係ないのかもしれませんが、アラブの国でアジア人は十分パンダになり得ます。

例えば、道を歩くと視線を集めてしまう。買い物をしたりタクシーに乗ると「何人か」と聞かれて「日本人」と答えると「マーシャアッラー」っと言われる。
そして「一緒に写真を撮ってもいい?」と聞かれる...など、普通に自分の国に生活していたらあり得ない出来事が起こる...これがパンダ効果!!

パンダ効果はいいこともありますが、馬鹿にされたりセクハラされたりすることもあるのでムカつくことも危ないこともあります。なので喜んでばかりも入られません。
ですが、日本語教師の場合は無条件で学習者に慕ってもらえたり守ってもらえたりするので良い面の方が多いんじゃないかなーと思います。
私もかつてヨルダンの日本イベントで浴衣なんて着た日には、写真を勝手にバシバシ撮られるわ一緒にポーズ取らされるわもう大変なパンダ効果を引き起こしていましたが、日本に帰国したら誰も私に注目しません(笑)


そんな寂しい(?)思いもしつつ、日本で生活してきましたが、アレキサンドリアへ行ってみると、、、最初はあまりパンダ効果を感じませんでした。子供に声をかけられることはあっても、大人に声をかけられたりじろじろ見られないと感じたからです。でも、一緒にいた友人曰く「後ろからめっちゃ見られてた」そうです。
さらに、別の場所では私にではなく、エジプト人の友人に「あの人(私)は何人?一緒に写真を撮ってもいい?」と聞いてくる人がいたそうです。
なんだろう...シャイなのか?一応気を使っているのか?どっちなんだ!?

と、いずれにせよ海外では私もパンダになれるんだな〜と再確認しました。
(同行してくれた友人にはご迷惑をおかけして申し訳ない...)

本物のパンダは、そこらへんに大量にいるわけではない珍しい動物です。だから注目されます。
そしてこれは私の意見ですが、パンダは自然界では生きていけないぐらい弱い生き物で、その弱さと可愛さ故に大切にされているんだと思います。

では日本語教師のパンダ効果とは?
ヨルダンやエジプトなどの国においては日本人は珍しいです。だから注目されます。
しかも日本語を勉強する人にとっては日本語ネイティブは貴重な存在なので、大切にされます。
そして往々にして日本語教師は現地語に不自由な(=弱い)ので、学習者たちは大切にしてくれます。

と、まあやはりパンダだよね。と思うのですが、やはりパンダでい続けるわけにはいかないんだよなあと同時に思います。

日本に帰国してからも外国人に日本語を教えているのですが、私はその他大勢の日本人の一人であり、日本人というだけで注目されることはありません。
ですが、やっと最近「先生と勉強できてよかった」とか「先生の授業はとても楽しかった」と言ってもらえるようになって、パンダじゃない自分でも認められたのは喜びであり自信につながりました。
(もちろん、そうじゃないケースもありますが、それはそれで教訓として真摯に受け止めています)


パンダ効果を悪く言うつもりはありません。
むしろ、私はパンダ効果を楽しんでいます。
でもパンダだけでなく、別の武器も手に入れて大きな存在になっていきたいな〜とますます思うようになりました。
そのためには、面白い授業とか学習者とのつながりとか、いろんなアプローチがあるのだと実感しています。
いろいろ試して、いろんな引き出しのある教師になりたいです。

アレキサンドリアの日本語講座

久しぶりにアラブの国に行ってきました。
ヨルダンではなく、エジプトへ!
エジプトというより、アレキサンドリアへ!!

私はヨルダンにいた時の交流基金のセミナーで当時アレキサンドリアの日本語講座を担当していたY先生と知り合って、ノンネイティブの先生たちにもポッドキャストの突撃インタビューをしたこともあり、今でも交流させていただいています。
アルハムドリッラー。

ちなみにその時のPodcastはこちら。カケポん かけだし3.6

このインタビューから3年...実際に行ってみました、アレキサンドリア!
そして見てきました、日本語講座!!
アレキサンドリアには現在、日本人の先生1人、ノンネイティブの先生が3人いるそうで、私はインタビューもさせてもらったH先生(当時はアシスタントでしたが、現在は先生をしています)の授業を見学させてもらいました。
このH先生が...んもう優秀!


そもそも、アフリカ・中東の日本語教育の中でもエジプトは...なんというか最大?最高?とにかくトップです。
学習者数も多いし、日本語が専攻になっている大学も多いです。また、日系企業や観光業などで日本語を使うチャンスもあります(とはいえ、今の観光業はあまり日本語需要はないそうですが...)。
当然、学習者の日本語能力も高いし、日本語を使う機会も多いです。


私が見学したアレキサンドリアの日本語講座は場所はファルス大学という私立大学内ですが、通うのは誰でもOKの公開講座です。公開講座といえばヨルダンでは週に1回1時間半なのですが、アレキサンドリアでは2時間〜2時間半の授業を週に2日もやっているそうです!!
2時間〜2時間半って...。
これはレベルによって時間が変わるのではなく、日によって変わるそうです。。。じ、自由!!
こういうところ、嫌いじゃないです。むしろ好き。

レベル3の授業を見学させてもらいましたが、漢字は国際交流基金オリジナル教材、文法は「みんなの日本語」を使っていました(今はクラスによっては「まるごと」を利用しているそうです)。

とにかくびっくりしたのが...教科書が全部本物(笑)!!!!

逆に本物じゃない教科書って何?ってことですが、、、以下自主規制。


グループワークも取り入れていて、ワーク中はアラビア語の時もありますが、発表は日本語でしていました。
(当たり前のようで当たり前でもないことです)
そして、クラス内が仲良し(もちろん全員ではないですが)!

アレキサンドリアの日本語講座では、上のレベルの学習者が先輩として下ののレベル学習者の面倒を見るというか学習アドバイスなどをして交流する機会を作っているそうです。
これは画期的なアイディア!!!
どこの国でも言えることですが、学習者同士の交流って本当に大事だと思います。
日本語を学ぶことで得られるのは、日本語の知識だけでなく、人とつながることだと私は思います。
見学の後に学習者たちに「日本語はどこで使いますか?」と聞いたら「授業と...友達と話すとき」と言っていました。友達は日本語講座で作った友達のことです。

なんだか聞いていて嬉しくなりました。
こういう講座の雰囲気作り、機会作り、、、勉強になります。

これからもアレキサンドリア人の日本語学習者の皆さんのご活躍を期待しています!

2015年 1年の計は元旦にあり

ここ数年、毎年元旦には「今年はどんな年にしたいかな〜」を考えて書き留めています。

今年はヨルダンから帰国したし、新しいことが始まる予感。
というか、始めなければいけない感じ。
でもプレッシャーには感じていません。むしろワクワクしています。

きっとヨルダンで過ごした2年半が、もともと「◯◯しなければならない」が強かった私の心に「ま、いっか」精神を植え付けてくれたんだと思います(まだまだ足りませんが)。
そして私はどうやら完璧主義らしいので、多少できなくても自分を許せるように気をつけます。

なので、今年は楽しみながら挑戦をモットーにします。

無理はせず、でも恐れず。

特に仕事に関しては、挑戦していきたいことがたくさんあります。
せっかく無職になったので、やりたいことはまずやってみて、そこから自分のできること、他人に喜んでもらえること、役に立つこと、そして最終的にはお金を生むことを目指してがんばります(だって無職)。

そしてもちろん人への感謝を忘れず生きていきたいです。

特に両親のことを大切にしたいです。
ヨルダンにいる間、知人友人はもちろんですが、特に両親には多大な心配をかけてしまいました。
それでも文句も言わず、また延長を決めた際にも「いい加減にしろ帰ってきて結婚しろ」なんてことは一言も言わず(親戚には100回ほど言われましたが)、ただただ健康に気をつけて楽しみなさいと言ってくれた両親と少しでも楽しい時間を過ごしたいです。
これも頑張りすぎるとケンカして不穏な空気になるので、シュワイエシュワイエ(少しずつ)自分も楽しめる程度にやっていきたいです。

ヨルダンで過ごした2年半の恩返しはこれから始まります。
ヨルダンの人、そして支えてくださった方に「何か」を返すためにもがきたいです。

そのためにも自分が楽しむこと、挑戦すること、感謝することを3本柱に2015年を生きていきます。
インシャアッラー!