もし日本語教師がアラビア語を勉強したら
日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編を経て、日本生活復帰編に突入します!

帰国後の振り返り 日本語教育について

私はヨルダンで過ごした2年半で多くのものをもらいました。
日本語を大学と一般向けの講座で教えられる経験、教師を育てるという経験、そのために経営者と交渉(ケンカとも言う)する経験、理不尽な大学や教育機関と闘う経験・・・などなど。


そして、日本語を学びたい学生に教えられる喜び、日本が好きな外国人に向けて日本文化を発信できる喜び、日本語教育の大先輩たちと交流できる喜び・・・数えたらきりがありません。


私は2年半で様々な挑戦をさせてもらいましたが、全ては支えてくれる人がいたからです。

赴任当初から助けてくれたT先生はもちろん、公私ともにいろいろ教えてくれたK先生、やる気いっぱいのH先生、アシスタントのOさん、Bさん、仕事はあまりできなかったけどいつも笑顔で私を助けてくれた秘書のGさん、ケンカばっかりしていたけど最後はお願いを聞いてくれたM会長、そして日本語を勉強して、一緒に楽しんでくれた学生たち・・・。

忙しいときも辛いときも、学生がいたから続けられました。
体調が悪いときも授業をしていたら治りました。
宿題はやらないし、予習も復習もしないので、全ては忘却の彼方になっている学生もたくさんいましたし、日本語が多少話せるようになったら調子にのってマナーが悪くなったり、アニメの見すぎでネガティブ思考になったりという学生もいましたが、それでも彼らのことを嫌いになれません。

きっと日本語を勉強した学生の中で、これからもずっと日本語を勉強し続ける人は少ないかもしれません。

でも、たった数ヶ月でも日本語を勉強して、「楽しかった」という思い出が残ってくれればそれで良いと思っています。


少し話がずれますが、今、シリアのアレッポでは戦火の中で日本語を勉強している人たちがいます。
先日、日本フェアというイベントが開催されて、戦争中の学生とは思えないぐらい、みんな楽しそうに書道をしたり浴衣を着てポーズをとったりしていました。
そのイベントにはたくさんのシリア人が集まって、笑顔を見せていました。


ヨルダンには戦争はありませんが、難民の増加や経済状況などによってなかなか明るいニュースばかりではありません。また、若い人は特に生きる喜びや目標などを持っているように見えません(偏見ですが)。

ヨルダンでもシリアでも、日本語を勉強しても、日本に行けるチャンスは極わずかです。仕事に繋がる可能性もほぼありません。
それでも彼らは日本語を学びたがります。彼らはお金を稼ぐために日本語を勉強している訳ではないからです。
私が彼らと2年半一緒に過ごした中で見えて来たのは、日本語の勉強そのものが楽しいから勉強しているんだと思いました。

厳しい状況の中では、一瞬でも「楽しい」と思える瞬間が他のことを頑張る原動力になるからだと思います。

私は彼らの人生の中で本の短い時間しか一緒に過ごさなかったかもしれませんが、それでもたくさんの「楽しい」時間を共有できて、私はしあわせです。

今後、彼らが人生でつらいとき、悲しいとき、日本語を通して得た思い出が彼らの支えに少しでもなってくれたら嬉しいです。

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帰国後の振り返り アラビア語について

このブログ「もし日本語教師がアラビア語を勉強したら?」は、日本語教師がアラビア語を勉強したらどうなる?というコンセプトで書いてきました。

2011年9月の当初は、「日本語教師がどうやって創意工夫してアラビア語を勉強するのか?」がテーマでした。

その後、2012年6月からは、「アラビア語を勉強した日本語教師がヨルダンというアラビア語圏で実際に日本語を教えたらどうなる?」をテーマに書いてきました。

アラビア語勉強編を振り返ると、やはり独学で勉強するセンスが私には足りなかったと思います。
今はインターネットでいろんな学び方ができるのに、私はひたすら本とCD音声に頼るだけでした。
今なら、Skypeを使った会話練習やland-8を使った作文練習やドラマを字幕で見て学ぶ・・・など、もっと多彩な勉強に挑戦したかもしれません。

というか、これからでもいくらでも挑戦はできますね。

何が良いたいかと言うと、一人で勉強することは可能。でも、本とCDだけでは限界がある、ということです。

だからその後、クラス授業を実践したり実際にヨルダンに来てからの方が上達したんだと思います。

アラビア語の勉強を初めてから早くも3年以上が過ぎたのですが、今の私のレベルは「現地の言葉でまあまあ会話ができる程度」です。
読み書きは、単語を書いたり読んだりはできますが、長文読解はできません。
会話は初対面、なんとなくの会話、軽い喧嘩はできますが、ビジネスの場面では役に立ちません。
そして誰にでもあることだと思いますが、日本好きの人、または日本語を勉強している人とは会話が続くのですが、そうじゃない人とは会話が続きません。
これはきっと、精神的な問題と会話の中身の問題だと思います。


さて、必死で学んだアラビア語ですが、ヨルダンで日本語を教えるに当たって役に立ったのか?
ということですが・・・実際のところ、役に立ったと私は思っています。

私のアラビア語はヘタクソですが、ヘタクソだからこそ学生との距離が縮まったと思います。
「私は教師であると同時にアラビア語の学習者」と、よく学生に言いました。
だから、最終的に学生から「先生は先生だけど、先生じゃない」という言葉をもらいました。

教師としてそれは良いことなのかと言ったら、多分ダメなんだと思います。
でも、私はヨルダンにおける日本語教育の意味を考えた際に、私のような中途半端な日本語教師がいたことで、現地にいる人たちが楽しい、面白い、幸せ、、、というプラスの感情を持てたらそれで良いと思っています。

また、私自身が外国語を学ぶつらさや楽しさを知ったことは、今後の教師人生に必要なことです。

言語は生活の一部、と言いますが、アラビア語を学ぶことでアラブの文化、イスラムの文化を多く知ることができました。
例えば「インシャアッラー(神が望むなら)」や「アルハムドリッラー(神のおかげ)」という言葉には「アッラー(神)」が出てきます。
ヨルダンでは常に神様を思い起こさせる言葉や場所がたくさんありました。
神様を信じている、でもその一方で良い人間になる努力を怠る人たち・・・いやもうこの話は長くなるのでやめますが、とにかくイスラム教は何も知らない遠くの宗教というよりは、ムカつくけどなかなか面白い奴だし時々良いことを言ってくれる友人、という感じです。

結果として、アラビア語が好きになりました。
学生時代に勉強していたドイツ語や韓国語よりもやりがいのある言語だと思います。
奥が深いし、言語そのものも面白いし歴史も文化も面白い。
今後も機会があったら勉強したいと思います「インシャアッラー!」。

帰国当日

さて、いよいよ帰国の朝。
帰国を意識してから眠りが浅かったですが、この日はゆっくり眠れました。

朝起きてまずコーヒーを飲みたい所ですが、湯沸かし器もなければコーヒーもない(泣)
そりゃそうです。
前日にすべてK先生の家(アパートの1階上)に全て運んでしまったので・・・。
朝ごはんはおいといて、シャワーを浴びたものの、ドライヤーもない・・・。
というわけで結局、髪びちゃびちゃのままK先生の家で髪を乾かし、朝ごはんをいただきました。

その後、最後のお買い物を近くのスーパーでして、メールやらFacebookでお別れの挨拶をして着替えようと思ったら・・・なんと最後に着るはずだったスパッツを捨ててしまったことに気がつきました!!!

幸い、黒いタイツがあったのでそれを履いて帰ることに。

あとは最後に残ったゴミを捨てていたら、大学スタッフが「出る前に家具をチェックさせろ」とな。
ヨルダンでは大抵家具付きアパートが当たり前なので、そういうチェックが必要なのはわかりますが・・・でもここで疑問。
私が入居した際に、誰も家具のチェックなんてしていなかったけど??

案の定、あれがない、これがない、払え払えと言ってきましたが・・・見送りに来てくれたT先生が交渉してくれてなんとかクリア。アルハムドリッラー!

もうこれ以上ビタ一文ヨルダン大学には払いたくないもんね(怒)
(いろいろあったんです、ヨルダン大学・・・)

そんなこんなで帰る直前にもトラブルで、「最後の一瞬を泣きながら過ごす」みたいなドラマはありませんでした。
むしろ「あ、もう行かなきゃ。またね!!」みたいな感じで先生2人とお別れしました。


空港についてからは疲れて立ち上がれず、結局イスに座って学生からもらったアニメをパソコンで見て時間をつぶしました。

なんだかなー。
こんなもんなのかなー。

と、もやもやしながら飛行機はヨルダンの地を離れ、日本に向かいました。

飛行機の中では一睡も出来ず、かといって何かを考えられるわけでもなく、ただひたすら映画を見ていました。
私の2年半は何だったのか?
きっとその答えはもう少し後で見えてくるのかもしれません。

帰国前日

もうすぐ帰国、という時に限って、どうでもいい人から連絡がきます。
全然仲良くない人から電話がかかってきて、「もうすぐ日本に帰るなら、日本にいる親戚に◯◯もっていって!」とか、「帰る前に挨拶しに来て!」などなど。
申し訳ないけど、どうでも良い人のために割けるスペースも時間もないんです・・・。

さて、悲しいとかなんとか言っている暇もたくさんありましたが、いよいよ帰国。

現実として必要なことは所属先に提出する書類もろもろ、帰国のための荷物が大きな所です。

書類についてはほぼ暇な先月に終わらせていたので、問題は荷物です。
荷物も暇な時間を見つけて少しずつ作っていたので余裕かな、と思ったのですが・・・甘かった!!

荷物は帰国直前に増えます!
そしてあまり前に荷物を作ってしまうと、必要なものをどこに入れたかわからなくなってしまいます!!
そして気がついた頃には荷造りをする余裕がなくなってしまうので、結果郵送をしたり捨てたりすることになります。

アラブ人の傾向なのか、大きくて重いものが立派、と考える傾向があるので、大きな名前入りのサンドボトル(ボトルの中に色とりどりの砂でラクダなどが書いてある民芸品)や、盾、立派な彫刻が施してある木箱などなど、ちょー重たいものをプレゼントしているのを何度も見ました。

なので、私は学生と同僚が送別会をしてくれると言ってくれたのですが、土産は持ってくるな。特に重いものは要らない。
と、冷徹にも事前に告知しました。
なんてひどい先生なのかと思われたでしょうが、おかげさまでみんな小さいアクセサリーやスカーフ、メッセージカードなど小さいor軽いものにしてくれたので助かりました。

ところが、一般公開講座の方で送別会が開かれることになったので、T先生に「行ってもいいけど、盾とかいらないからね。やめてね」と言ったところ、T先生が挙動不審に・・・。
「え?まさかもう買っちゃったんですか?」
と、聞いた所、
「いやー、サプライズなので言えません」
ってもう絶対買ってんじゃん!てか要らないって言ったじゃん!!
盾が一番要らないって言ったじゃーーーーーん!!!!!

と、思いましたし、実際にT先生にもお伝えしましたが、数日後に現物を見たところ、そこまで大きくなかったので渋々持って帰りました。
いや、嬉しいんですよ。本当に。
でも30kgまでしか持っていけないので・・・。

と、こんなことを言っていますが、そもそもスーツケースだけで帰ろうとするから大変なんです。
郵便局やその他の運送会社に頼めば日本にまで送ることができます。
ただし、高い!!
例えば10kgを送ろうと思ったら2万円ぐらいかかります。
まあ日本から送ることを考えたら安いんですが・・・でもこの時点で私はほとんど現地のお金をもっていなかったので、スーツケースでしか帰る気がありませんでした。

なので、私へのお土産は軽いものにしてもらった分、家族や友人へのお土産を入れることができました。
お土産は死海の泥パック、死海のバスソルト、死海のミネラル入り石けんがほとんどです。
その他、スカーフやアラブ菓子、らくだの人形も買いました。

現地で着ていた服は全て捨てて、教科書類は全てスキャンしてデータで持って帰ることにしました。

私がラッキーなことは、来月に後任のM先生がヨルダンに来ること。
そしてM先生のための荷物を一時的に置いておける場所(K先生の家)があることです。

というわけで、私が持って帰らない食器や調理器具等は全てK先生の家に持っていったので、捨てることなく次に活かせるし私も大変楽でした。

さらには帰国前日〜当日は冷蔵庫の中もすっからかん。調理道具も何もなし。
という状態だったので、K先生に食べさせてもらっていました。

本当に恵まれた最後です。
(というとなんだか死にゆく人のようですが・・・)

とにかく、バタバタしているうちに最後の時間が過ぎていきました。

会話クラブ 第58回 私にとっての最終回

今回も、コンセンサスゲーム第二弾。
前回は砂漠で遭難でしたが、今回は月で遭難パターンです。

今回は寒い&試験が近いこともあって、参加者は日本人留学生と我々を含めて6人でした。

ちなみに、これが私にとって最後の会話クラブです。

ヨルダンにはまだ滞在しますが、いかんせん方々への挨拶回りやら報告の義務があるので、これ以上開催することができません。

会話クラブは、日本語を話す機会の少ないヨルダンの学生のために始めたものですが、日本人の私が知りたいことを日本語で教えてもらえる貴重な機会でもありました。

会話クラブでイスラームのこと、ヨルダンのことを、たくさん教えてもらいました。感謝しています。

そして、開催当初は参加者が少なくて、2人とか3人でやっていたのが、最近では人数も増えたし日本人の留学生にも参加してもらえるようになって、本当に嬉しいです。
日本語を教えていても、私しか話す日本人がいないというのは、ちょっと悲しいです。
それに、私以外の日本人と話すことで、言葉だけじゃなくていろんな価値観に触れることができます。
私が学生たちとの対話を通していろいろ学べたように、学生たちも私や他の人との話し合いの中で学び合い、刺激し合って、成長に繋がってくれたら嬉しいです。

ま、成長に繋がらなくても、楽しい時間を共有できればそれで十分です。

学生にはこれからも日本語を楽しんでほしいし、日本語を通していろんな価値観や人と知り合って、人生を楽しんでほしいです。


参加してくださった皆様に感謝です。
一人だったらできないことでした。
ありがとうございます!!!