もし日本語教師がアラビア語を勉強したら
日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編を経て、日本生活復帰編に突入します!

日本で出会ったアラブ人、イスラム教徒

日本語学校での仕事も気がつけば2学期終了。
日本語学校の学生は大体1クラス15人ぐらいで、国籍は中国が多いです。最近ではベトナム、ネパールの学生が多いそうですが、私のいる学校は中国人が多いです。次にバングラデシュやスリランカ、そしてたまたまでしょうが、アラブ人が1クラスに必ず1人いました。
そう、帰国してもなおアラブ人にご縁がある(笑)
アルハムドリッラー。

そして私もやはりアラブ人に対して贔屓目というか仲間意識が拭えません。
日本におけるアラブ人は少数派です。
さらに日本ではイスラム教徒は圧倒的に少数派かつ宗教上、生活が困難なこともあります(食べ物とか)。
そんな思いからつい、アラブからの学生には目をかけてしまうのですが、、、けっこう彼らは彼らで楽しんでいるようです。

まず私がハラール(宗教上OK)な食べ物を紹介したところ、「豚肉以外はなんでもOK!お酒?うーん、まあちょっとならいいよね」って、、、何その考え方!?

さらには「飲み会に行ったらたのしかったー」「梅酒美味しかったー」などの発言。。。
マジかよ!!!!!!!!!

ヨルダンではお酒を飲む人がいると聞いたことがありましたが、本当に飲む人がいるとは!!
おそらく日本語を学んでいる人たちは真面目な人が多いので、そういう発言を聞いたことがなかったんだと思います。

さらには日本人の彼女を作ったり、彼女どころか女遊びをしていたり...今まで私が知り合ってきたイスラム教徒とずいぶん違うなーという印象を受けますが、これもまたイスラム教徒、アラブ人の一部なんです。
真面目なムスリムが「こういう人たちはイスラム教徒じゃない」とか「堕落してイスラムを忘れた」とかいう人もいますが、いやいやでも彼らはイスラム教徒だよ、と思うのであえて彼らも「一部」と断言します。

お酒を飲んだり異性との遊びを熱望する人たちは、たいてい「自分はいいムスリムじゃない」と言っています。
私はイスラム教徒ではないので偉そうに説法するわけにはいかないし、でも、多少イスラムの国で生活していたので「そんなことないよ〜だいじょうぶだいじょうぶ、ガンガン飲んで!遊ぼうぜ!」とは言えないし、でも、日本ではお酒はコミュニケーションツールのひとつだし、、、と、もやもやしますが、最終的には自分の好きに生きればいい!に行き着きます。

宗教は本人と神の関係だとイスラム教徒はいつも言っているので、自分の好きにすればいいと思います。
(でもだからこそダメなことがいっぱいあるんじゃないかなーとも思いますが)

こうして、ある意味多様なアラブ人、イスラム教徒に会って、私はイスラム教徒が好きなわけではなく、私の好きな人たちがたまたまイスラム教徒であったりアラブ人だったりしたんだとわかりました。
(そりゃそうだ)
当たり前ですが、○◯人だからとか○◯教徒だからとか、そういったカテゴリーで人をまとめるのはたとえプラスの思いでも偏見ということもわかりました。


と、様々の想いを経て、私も、自分の好きにします。
アラブ人だからとかイスラム教徒だからとか学生だからとかではなく、私がしたいようにします。
だから私が関わりたいから関わる。嫌だったらやめる。
そうやって単純な判断で、生きていこうと思います。

と、またわけのわからない終着点...
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電車通勤と体調不良

日本に帰国してからというものの、体調不良が続いていました。
喉を痛めて声が出なくなったり、熱が出て動けなくなったりしたので、週末はだいたい家で寝込む。ということが多かったです。
なぜこんなにも具合が悪いのか??

自分でも不思議です。
ちなみにヨルダンで熱を出して動けなくなったのは親知らずを抜いたときのみ(実は、抜いちゃいました、親知らず)。
多少の体調不良はありましたが、ここまで具合が悪くなったことはありませんでした。

そこで、いろいろ考えたところ、やはり働き方に大きな違いがあるからかと思いました。
日本に帰国してからは時間の多少はありますが、基本的に平日は毎日どこかへ出向いて仕事をして(日本語を教えて)います。
日本語教師という仕事をしているのだから至極当然のことなのですが、ヨルダンではイベントはたくさんありましたが、授業そのものは1日に多くて3時間です。
しかも帰国前の半年はかなりのんびりスケジュールでしたので、かなり差があります。

そして!!
通勤方法もかなり違います。
ヨルダンでは大学までは自宅から徒歩10〜15分。
公開講座の教室まではタクシー(またはバス)勤務でした。渋滞を除けば20分ぐらいです。
しかも授業が終わったら学生が車で送ってくれたりもして...かなり楽でした。

それが今や電車通勤!
しかも満員電車!!!

かつて会社員だった頃は毎日満員電車も当たり前だったのに、ぬるい生活をしていたので今はかなりしんどいです。

でも、これが日本の生活なんだ!
と、思っています。
日本の生活を批判しているのではなく、単純に違うんです。
毎日電車に乗っていて、多くの人が静かに整然と移動していることに毎日驚いています。
文句を言わず、列も乱さず、よく乗っていられるなあと感心しています。
いささか静かすぎる気もしますが。

でもだんだん生活にも慣れてきて、今学期(3月から6月の間)は、一度も熱で倒れることはありませんでした!
声も危ないときが一度ありましたが、なんとか踏みとどまりました!!

こうしてまた日常になっていくんだな、と嬉しいような、寂しいような気持ちで毎日生きています。

誕生日は自分を見直す良い機会

去年も一昨年も、誕生日はヨルダンだったので、学生や同僚たちにお祝いしていただきました。
ヨルダンの大きすぎるケーキに度肝を抜かれながら、楽しい時間を過ごせました。
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ヨルダンのケーキ。10人前ぐらいありそう。


年末に帰国してからずっと仕事や体調不良が続いていたので日本の友人たちにもあまり会えていないし、今年の誕生日は平日で学校での仕事だったのですが、その日は新学期から担当しているクラスで週に1回しか入っていないので、私の誕生日は忘れているだろうな...と思っていたのですが、なんと、サプライズでお祝いをしてくれました!!

クラスが終わった後でアラブ人の学生から「質問があるんだけど...」と言われたので、「いいですよ。なんですか?」と言ったら、「あー、1minute OK?」と言われて待つこと5分以上。
まあ、アラブ人だから仕方がない。祈っているのかな。
と思っていたら、ケーキを持って他の学生と一緒にHappy birthdayを歌いながら教室に!!!
あ、でも、この学校は教室で飲食禁止...なんて野暮なことを言わなきゃいけないのが残念。。。

というように、予想外に嬉しい誕生日になりました。


さて、誕生日はどんな日なのでしょうか。
私は祝ってもらって嬉しい気持ちもあるのですが、むしろ自分が周りの人に祝いの言葉を述べなきゃ、という気持ちになります。今まで生きてこられたことも、いま生きていられることも、周りの人の支えがあるからだな、と思えるようになったからです。

また、誕生日は今後の人生について考えるようにしています。
自分は何をしてきて、何をしていきたいのか。何を目指して生きていけばいいのかを考えてしまいます。
自分の人生について考えるのは、思い通りになることばかりじゃないので辛いときもありますが、ヨルダンに行ったおかげで「運命」というか、「宿命」というか、とにかく自分の思惑通りには進まないことがあるんだな〜と思えるようになりました。頑張ったからって思い通りにならない時もあるけど、だからこそ、努力が必要なんだ、自分を知ることが大事なんだと思います。


私は多くの人に支えられてきました。ヨルダンでは日本語教師としての経験も得られたし、ラッキーなことにICTを使った教育を実践することもできました。それだけでなく、「ヨルダンに住んでいる日本語教師」ということで日本では出会えなかったような人たちとも繋がることができました。
この幸運や出会えた人たち、学生たちに恥ずかしくないように生きていきたいです。

そのために何をしたらいいのか、、、いろいろ考えましたが、日本語教師を仕事にできるように動き出します。インシャアッラー!

私が見てきたヨルダンとイスラム教

帰国してから一ヶ月ほどたちますが、連日「ヨルダン」をテレビで見ています。
今まで「ヨルダンってどこ?」と言われてきたのに、いまでは「無事に帰ってこられてよかったね」や、「いまヨルダンは大変だね」と言われるようになり、答えに窮しています。

確かに今起こっている事件はとても痛ましいものです。
すでに亡くなられたと報道のある方の冥福を祈っています。
そして今もまだ生命の危機に晒されている方が一日でも早く解放されることを祈っています。

ですが、それとヨルダンの日常は別だと思っていますし、それを日本人の人にわかってほしいです(わかっているけど、理性と感情が引き離せないという人も多いかもしれませんが)。

私は2年半、ヨルダンで生活をしていて、イライラすることも多々ありましたし、ムカつくことも多々ありましたが、イスラム教もいいなーと思えるところもあります。

女性や家族を大事にしているし、お年寄りへの尊敬の気持ちもあるし、、、。
例えば、バスでは男性が席に座っていて女性が乗ってきたら、男性は席を立って女性に譲ります。
お年寄りにももちろん席を譲るし、全然知らない人でも荷物を持つし、親戚の中にお年寄りがいたら誰かがお世話をするそうです(施設という考えはあまりないというか施設があまりないというか、、、)。

それに富の分配という考えがあるので、お金を持っている人は持っていない人にあげるのが当たり前です。
収入の何パーセントは寄付する、という決まりもあるし、イード(犠牲祭)では貧しい人にお肉を配るのがルールです。

などなど、助け合いの精神にあふれているし、人を大事にしていると思います。


帰国直前に学生とお茶している時に、「イスラム教徒についてどう思いますか?」と聞かれた時に、少し迷いましたが自分の本当の気持ちを言ってみました。

イスラムの教えはいいことがいっぱいあると思うし、尊敬もしている。
でも、私はイスラム教徒じゃないからって、それだけでダメだと言われるのがイヤ(そういう人だけじゃないけど)。
私は私なりにイスラムを知りたいし理解したいし仲良くなりたいのに、そこで私との付き合いを止められたら困る。それにイスラム教徒だから完璧なんじゃなくて、いい人間になろう、誰かの役に立つ人間になろうっていう心が大事なんじゃないかなー、、、

といったことを言ってみました。

幸い、その時に話した学生はとても賢い人なので、「そうですね」と同意してくれました。
それだけでなく、「人間は完璧じゃないから、良い人になるための努力をしなければいけない。その良い見本として宗教があるし、自分の宗教だけじゃなくて、いろんな宗教、いろんな人から学ぶことができるので、ほかの宗教も尊重するべきだと思っている」と言っていました。

この「人間は完璧じゃない」というのがイスラム教の人から教えてもらったことです。
完璧じゃないから、人に助けてもらって生きていこう。お互い助け合おう、というのが彼らの宗教なのだと私は思っています。

私はコーランを読んでいるわけではないので、私の中の「イスラム教」は今生きているイスラム教徒から教えてもらったことです。こういう人たちがたくさんいて、平和を祈る人がいるってことを日本人に知ってほしいと思います。

イスラム教の挨拶である「アッサラームアレイコム」は、「あなたがたの上に平安を」という意味です。
この言葉は、目の前にいるあなただけではなく、あなたの家族やその他すべての人だと思います。
この言葉の通り、すべての人たちの上に平安が訪れますように。
アッサラームアレイコム。

ヨルダンから戻って・・・生活編

海外生活が長いと、自分の国に戻って来た際に「自分の国なのに何かが違う・・・」という逆カルチャーショックを受けるそうです。

知ってはいましたが、実際に逆カルチャーショックなう。です。

まず人が多い
そして物価が高い
そしてそして、いろいろしなきゃいけない!!!!

人が多いのは仕方がないです。だって実際に人口が多いから。
もう人ごみで歩くと人にぶつかりまくってて本当に申し訳ないです。
しかもぶつかって「すみません」と言っても無視!!
ああ、東京砂漠・・・。

物価もなんだかめちゃ高いですね!
しかも小銭が多い・・・消費税3%upって大きいですね。
消費税に関わらず、お金を使う場面が多すぎだと思います。
ヨルダンではバスは50円ぐらい、タクシーは2〜300円でしたし、車も路上駐車で無問題でした。
お昼は外食したら安くて50円のファラーフェルサンドイッチ、高くてマクドナルドの1000円(高!!)でした。でも外食なんてあまりしなかったし、、、
そもそも自炊ばかりだったし、友人と会うときも大体誰かの家でした(家の方が落ち着くし、お酒も飲みやすいという理由から)。
それに仕事がない日は一日中家にいてアニメを見たりインターネットをしたりピアスを作ったりして過ごしていて、そんな時間がものすごーく幸せでした。

日本はもー全部高い!とにかくまずタクシーは乗れないし、バスも電車も塵も積もればで高い。
さらに路上駐車できないから自転車であってもお金を払わなければいけないし!
その分、道路が広くていいんですが。
(ヨルダンでは路上駐車が多すぎて渋滞になります)

それにいったん外出したらご飯もお茶も飲み会もお金がかかるし、可愛い物や質の良いものがどこでも売っているのでついつい買ってしまうし、美味しそうなものをみたらついつい買ってしまう・・・欲望が多いんですかね。
福沢諭吉が面白いぐらい去って行くので驚きです。
夏目漱石さんなんて、立ち食いそば屋がごとく消えて行きます。お、おそろしや!!

良いものが安く手に入ってとても良い国だと思いますが、それだけお金もとんでいきます。
そして本当に必要なものじゃなくてもつい買ってしまうのかもしれません。私だけかもしれませんが・・・。

今の私は2年半ぶりの帰国で、いろいろ人に会ったり行ったりすることが多くてそのように感じるだけかもしれません。
早くヨルダンにいたときのように一日中引きこもってダラダラしたいです。
それを罪悪感なく幸せな気持ちを保ったままできるような生活がしたいです!!

このように、「ヨルダンでは◯◯だったのにー」とか、「もともといた国なのに、なんだかなじめない・・・」と思ってしまうのが逆カルチャーショックだそうです。

海外生活をしていたからって、「私のいた国では〜」というフレーズで語る人を「けっ、帰国子女ぶりやがって!!」とか思ったり思わなかったりしていた私ですら、「ヨルダンでは〜」というフレーズを使ってしまう・・・恐るべし、逆カルチャーショック!!

でもヨルダンについて周りの人に伝えることは大事だと思っています。

でもでも、だからといって「ヨルダンはよかった、それに比べて日本は・・・」といった語り方はイケてないと思うし、その逆もやだし、それにヨルダンの何もかもが好きだった訳ではないのに帰国したとたんに「やっぱ海外よね」っていうのもずるいと思うので、そうではないイケてる語り方で今後もいろんな人にお話できたらいいな〜と思います。
どんな感じだかはまだよくわかりませんが。

(いろいろしなきゃいけない!についてはまた後日・・・)

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