もし日本語教師がアラビア語を勉強したら
日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編を経て、日本生活復帰編に突入します!

シリアのこと。わたしの知らないヨルダン。

シリアの騒動について、ヨルダンにいるわたしを心配する日本の方は多いと思います。

しかし、首都アンマンの中でもわたしの住んでいる地区は本当に平和そのもので、わたしは毎日大学や外部の日本語教室に通勤し、日本語の授業をして、日本好きの学生に囲まれ、学生とお茶を飲んだり、同僚とごはんをたべたり、ときどき上司に腹を立てたり・・・本当に日本と変わらないような平和な日常をすごしています。

しかし、これはヨルダンに住む全ての日本人が感じることではないのだと、最近強く感じます。

北のイルビッドという町はシリアとの国境に接しているため、シリアの難民が多く住んでいるそうです。
またマフラックという町にはザータリというシリア難民のキャンプがあります。

そこに住む日本人の友人が言うには、町にシリアの人々が多くいて、狭い家に数家族が同居しているので話し声や子供の声がうるさいし、難民が来て学校がパンク状態だし、物価はあがるし物乞いも増えるし・・・という話しも聞きます。
そしてヨルダン側も受け入れがなかなか進まず、物資も足りず、仕事も足らず・・・


これもヨルダンで起こっていることの事実です。


そんな中、わたしは平和そのものでのんびり生活をしているので、
「あなたの生活はヨルダンでの生活ではなく、『ヨルダン大学の生活』で、現実は違う」
と、言われたことがあります。

なるほどナットク、でした。

だからこれからヨルダンのいろんな場所へ行き、いろんな人と出会い、いろんなことを見て、ヨルダンという国やアラブの国、そこに住む多くの人、多くの人の考え、思いをもっと知っていけたらなあと思うようになりました。


というわけで、さっそくシリアから逃げて来たご家族を訪問させていただきました。


これについては長くなるのでまた次回。


ここに来て、語学以外のこともいろいろ手を出し始めましたが、「もしアラ」は「もし日本語教師がアラビア語を勉強しつつヨルダンに住みつついろんな経験をしたら」という内容だと思って語学と直接関わりのなさそうなことも貯蔵していきます。
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