もし日本語教師がアラビア語を勉強したら
日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編、日本生活復帰編を経て、大学院編に突入します!

アンマンのシリア難民

シリア支援団体NGO「サダーカ」の代表、田村さんから突然お声をかけられ、今回はNGOのJIM-NETさんと実施している「絆ぐるぐるプロジェクト」の活動に同行させていただきました。

「絆ぐるぐるプロジェクト」とは、石巻に緊急支援として届けられ残っている衣類を、シリア難民に届けるというプロジェクト。

東日本大震災後、多くの緊急支援が東北に集まりましたが、現在は一部の地域で残っているそうです。その衣類を、次に必要としている地域へ届け、緊急支援をぐるぐると地球上でまわすことで、世界中の人々と助け合えれば、、、という思いで始まった「絆ぐるぐるプロジェクト」。
その絆が今回ヨルダンに逃げて来たシリアの人々に繋がりました。
(詳しくはこちら:JIM-NET難民支援

さらにJIM-NETさんがシリアの妊産婦支援もされているので、そのニーズ調査、実際の様子などをお母さんたちにインタビューもしてきました。

わたしはその活動のアラビア語の通訳助っ人として任命されたのですが・・・・・・
結果、通訳としては全然歯が立たず。。。
ただJIM-NETの皆さんの活動を傍らで拝見させていただいたり、衣服を届けた際に笑顔で受け取る子供たちの笑顔を見させていただいただけでした。

「絆ぐるぐる」ってすごいステキな考えだし、言葉としてもとてもかわいらしいですよね。

実際にシリアの方々へインタビューをして、そんな「ステキ」と言っている場合ではないことも十分わかりました。
シリアの騒動は2年続いていて、革命軍だけでなく市民も犠牲になっています。
歩いて国境を越えるシリアの方もたくさんいます。
そしてなんとかヨルダンに逃げてこられても、物価が高い、家がない、物が買えない、ヨルダン政府も国連の支援の手もなかなか届かない・・・そんな現実もあります。
インタビューで「ヨルダンの生活で何が大変ですか?」と聞いたところ、次から次へと大変なことがでてきて、何も聞き取れない、という経験を何度もしました。
それでも私がインタビューをした人々はアンマンに家がある人々で、ヨルダンにある難民キャンプで生活する人の苦労はさらに過酷なものだと思います。


そして私が見たもう一つの現実は、戦争を生きる人たちの姿です。
政府軍と戦うシリア革命軍の兵士たち。
彼らは腕を失い、足を失い、それでも動ける限りシリアに戻って政府軍と戦うと言っています。

その一方で小さな子供を抱えるお母さん、お父さんがいます。
お母さんは「2年は長過ぎる。早く国へ帰りたい。平和が欲しい」と言います。
お父さんも「シリアは美しい国だった。それをみんなに思い出して欲しい。未来を考えて欲しい」と言います。

かつてヨルダンに住むシリア人に「親兄弟を殺されたことのない日本人にはこの苦しみがわからない」と言われたことがありますが、確かにわたしにはその苦しみはわかりません。
でも、その苦しみや憎しみに捕われて未来も苦しみ続けて良いわけがないということはわかります。

どうやって憎しみを昇華させるのか、報復ではない救いは、、、もしかしたらこういう時にこそ宗教とか神様の出番なのかもしれません。
そして未来のために現実を見て、失ったものの大きさを見つめ、それらを取り戻す、またはそれを上回る新しく美しいシリアを作るようになればいいなと思いました。

そういう大きなことを考えると、自分は何にもできないちっぽけな存在だってことが痛いほどわかりますが、それでも私は生きるしかないです。
ちっぽけな自分なりにいろんな人に訴えかけていくしかないです。



プレゼントの赤べこで遊ぶ男の子


生まれてすぐヨルダンへ逃げてきた赤ちゃん。かわいすぎる!
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