もし日本語教師がアラビア語を勉強したら
日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編を経て、日本生活復帰編に突入します!

コースデザインの重要性

ちょっと日本語が話せることで調子に乗っている、いや、もっと難しいレベルを求めている前向きでやる気にあふれる学生たちに学ぶ場を提供したいという想いで始めた中級コース。もとい、JLPT聴解コース。

初回のオリエンテーション+授業を終えて思ったこと・・・

やっぱり二極化


そうなんです。
初中級のコースを開講します。といっても、本当に初中級の幅が広い。
というか、もうアニメ好きの学生の理解度と潜在している語彙力や文法力がその他の学生に比べて大きいのでバランスが取れない。
でもって、アニメ好きで良くしゃべる学生のためだけのクラスにしたら、その他の学生がついていけない。
その他の学生だって日本語を学びたくて日本語教室に来ているしやる気がないわけじゃないのに・・・。

そこで、いろんな学生の意見を聞いて、聴解だけじゃなくて漢字や読解をやろう!という話しになりました。

そして2回目の授業で・・・もはやカオス

そりゃそうだ。
聴解でさえ差が激しいのに、漢字なんてもっとバラバラ。
ヨルダンでは基礎的な漢字の授業をまったくしていないので、個人にまかせっぱなし。
ここでは二極化というかもうバラバラ。

いやー、困った。
そして学生の意見を取り入れたいという気持ちと振り回されてしまったという後悔といら立ちと悶々としています。
同僚に相談して、なんと同僚が元職場で使っていたと言う超スバラシイJLPT対策プリントを手に入れて、
よっしゃー完璧!っておもったもの、、、
どうせコレをつかってもまた文句が出るんだろうな。
どうせできる学生らはつまらないって言って、できない学生は「?」って顔をするんだろうな。
なんてもう後ろ向きモードから抜け出せません。

なぜ、こんなことになったのか?

それは確固たるコースデザインをしていなかったから。

しかも、教科書なしでやろうとしていたから。

教科書なしでも授業はできると思います。
でもやっぱり教科書があるととりあえずコレをやっとけばOK!みたいな安心が大きいのだと実感しました。
イコール、
教科書をなぞっているだけの授業をしてはいけないんだ、という思いにも繋がりました。
うまく言えないけど!!

とにかくコースデザインをしっかり固めることの重要性を学びました。というか痛感なう!
何をするコースなのか。このコースを受けて何ができるようになるのか。
このコースの目標はなんなのか。

あれ?でもこれ、最初はきまっていたな。
JLPTの聴解を解いて慣れるコース。このコースを受けたら聴解問題に慣れて、耳から聴いて内容を理解して、さらに出て来た文法を再度確認して使いこなせるようになる。

あれ?できてんじゃん。
これでいいんじゃん!!

いま、ブログを書いていて再認識しました。

なぜ、カオスになってしまったのか・・・

それは学生の希望に応えすぎてしまったから。

普段からアニメを見まくっている学生に「簡単すぎ〜」と言われたことに腹を立てて、方向転換をしてしまった自分のせいです。
しかも「腹を立てて」って子供か、わたし。
調子に乗っている学生の言動が本当にイライラしますが、そこに気を取られるあまり、本来の目標を見失っていました。
そうだそうだ、聴解に慣れて文法を確認すればいいんだからこのままやっていきましょう、わたし。
このやり方に感謝して「今日の授業は本当に楽しかったです!」って言ってくれた学生もいることだし。

本当はもっとレベルを高くして「できる」って思っている学生の思い上がりをどうにかしたかったのですが、その野望は叶いませんでした。
でも、それは私のエゴというか無駄な思いというか本当にどうでもいいことなので、今後の授業は本来の予定通りすすめていきます。

最近、調子に乗っている学生との付き合い方がわからなくなってきたhirokonihongoでした。
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