もし日本語教師がアラビア語を勉強したら
日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編を経て、日本生活復帰編に突入します!

スピーチコンテストの復讐 その1 決意

去年のスピーチコンテストが終わってから、ずっとやりたかったこと。

それは、、、、アラビア語でのスピーチ!!!


スピーチコンテストで日本語のスピーチを手伝っているものの、これでいいのかなーと思いながらサポートしていました。
なので、一度自分もアラビア語のスピーチをしてみたらわかるんじゃないかと、学習者の気持ちが!

それに、もう一つ。

去年のスピーチコンテストで学生と順位のことでもめたからです。

1人じゃありません。

何人かから「なぜ私が1位じゃないんですか?」とか、「先生は私が何位だと思いますか?」とか、もっと酷いのは「本当は私が1位なのに、先生のせいで1位になれなかった」とか、まあいろいろ言われたわけです。


結果に執着するのは当然だと思うんですが、あまりにも執着し過ぎといいますか、
その結果に至るまでの過程は何も考えていないといいますか、、、


スピーチコンテストの当日まで、学生とたくさん練習をしました。
本当にたくさん、たくさん!!
朝でも昼でも夜でも休日でも、いつでも練習してきました。
それだけ、学生と私の間に積み重なっていった物が何かあると思っていました。

でも、結果がでた途端に、結果が全て!といった態度の一部の出場者を、そして観客を、関係者を見ているのが悲しかったです。


出場者が結果に執着するには、ただ1位がほしいというだけではない理由があります。
それはスピーチコンテストの結果「日本に行ける」と思い込んでいるからです。

1位の賞品は日本行きではありません。残念ながら。
しかし去年も一昨年もその前も、入賞者が日本への国際交流プログラムに推薦されて参加できているので、「1位=日本へ行ける」と思い込んでしまうわけです。
この交流プログラムは日本の内閣府が主催なので私たち日本語教師には全く関係ないしコントロールできません。
それどころか、毎年あるかどうかもわからないプログラムです。
と、何度説明しても、学生の中では「入賞=日本行き」が揺るぎません。

「日本に行けないとしたら、スピーチコンテストに意味なんてない」という言葉を口にする学生もいて、自分が何のために頑張っているのかわからなくなってしまいました。

でも仕方のないことです。

現実として、今まではスピーチコンテストが日本に行く機会の一つになってきているのは事実です。



いろいろショックで落ち込み、いろいろ考えました。
私は何のためにスピーチコンテストを開きたいのか。

私は学生にスピーチコンテストを通してどんなことを伝えたいのか。



結果は大切です。
No.1にならなくてもいい、もともと特別なOnly1って歌が流行しましたが、それはキレイゴトです。
世の中、No.1じゃなければ生きていけない世界がたくさんあります。


でも、結果に至る過程も同じぐらい大事です。
なぜなら人生は一度きりですが、何度でも挑戦はできます。
自分の思い通りの結果にならない時、なぜ思い通りにならなかったのか、その答えは過程にあるかもしれません。

そして結果だけが成果物でなく、どんな過程をすごしてきたかも成果になると思います。
青春ドラマみたいに、全国大会に向けての練習を重ねる間に芽生えた関係が宝。みたいな感じです。


この、結果しかみない(かもしれない)ヨルダンという国で、過程に敬意を表する場所を作りたい。と思いました。

常に結果でしか判断されないor判断できない学生たちに、過程の大切さを伝えたいと思いました。

伝わる伝わらないは別として、私は私のためにこの思いを伝えるためにアラビア語スピーチを作り始めました。



こうしてまた一つ仕事を増やし、自分で自分の首を絞める・・・。
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://h1roko.blog.fc2.com/tb.php/280-af159093