もし日本語教師がアラビア語を勉強したら
日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編を経て、日本生活復帰編に突入します!

生きる意味

昔、瀬戸内寂聴さんの講演に行ったことがあります。
(確か当時、勤めていた会社の人からチケットをもらったはず。当時の会社、ありがとう!!)

その時に聞いたことで心に残ったことをメモ。
(というか忘れていたけど昔のブログに残っていた言葉+自分の解釈)


私たちは生まれた瞬間から死に向かっている。
死に至るまでの道は様々で、辛いこともしあわせなこともある。
この世は無常。しあわせは長く続かないし不幸も続かない。だから不幸な時はあきらめて幸せを待つ。幸せな時は身構えて不幸に備える。

そんな世の中。そんな人生。
この世は不条理だし、みんないずれ死ぬ。

じゃ私たちはなんのために生まれたのか?

それは「まわりのひとをしあわせにするため」。


とな。


最近お気に入りの吉野弘さんの「生命」にも通じる感じがしました。

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする

生命はすべて
そのなかに欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

(中略)

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない

※全部読みたい方は、ぜひ、吉野弘詩集を購入してください!!

当たり前のことですが、産まれた瞬間から死は始まっています。
いつかは死ぬ。でも、死んだとしても、誰かのしあわせになれたら、それはしあわせな人生だと思います。
誰かを満たすために、そして自分が満ちるために、日々を生きようと思いました。
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