もし日本語教師がアラビア語を勉強したら
日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編、日本生活復帰編を経て、大学院編に突入します!

ヨルダンの観光地じゃないめぐり・考古学の館

ヨルダンには私と同じように某機関から派遣されている日本人が4、50人います(正確な人数は忘れました)。
ある人は美術教師として、ある人は体育教師として、ある人は観光アドバイザーとして・・・とにかくまあいろいろな職業があります。

先日、考古学局でカメラマンとして働くSさんの職場を見学させていただきました。

考古学局とはヨルダン各地で出土したあらゆるものを集めて管理している場所です。
ヨルダンには数カ所そういった施設があるそうです。

ヨルダンは1946年に独立したので、「ヨルダン」という国としては新しい国ですが、人類が住み始めたと言われているのはおよそ50万年前の旧石器時代から。
さらには紀元前8000年紀には人類最古級の農業が営まれたそうです。
その後、西アジアに文明が発達すると交易の中心地として栄え、紀元前13世紀頃からはエドム人が住み着き、アンマンには旧約聖書に登場するアンモン人の国があったとか。
紀元前1世紀頃には南部にペトラ遺跡を残したナバテア王国が発展したものの、紀元1世紀から2世紀にローマ帝国に併合され、その後はローマの支配下に。
(なので、ヨルダンにはローマ劇場の遺跡がいくつか残っています!)

その後、7世紀にはイスラム帝国の支配下に入ったため、アラビア語とイスラム教が浸透してアラブ化・イスラム化が進んでいった・・・といった歴史があります。
(主にwikipedia参照)

まあその後にシリアの方へ文化や政治の中心が移ったり、オスマントルコに支配されたりしましたが、なんやかんやで独立。国王を元首とする立憲君主制で、君主は世襲制という「ヨルダン・ハシミテ王国」が誕生した訳です。

とまあいろいろ書いていますが、私自身は歴史はよく知らず、知ったかぶりです。

とりあえず、ヨルダンには石器時代から人類がいたので土器も青銅器もたくさん出土します。
Sさんの仕事場には、次から次に出土品が運ばれてきます。
1メートルを超えるツボやらモザイク画もあれば、小さいアクセサリー類もたくさん。
博物館に並んでいたらガラスケース越しにしか見られない出土品が次々素手て運ばれて、Sさんが撮影する台に乗せられて撮影されていきます。

この写真は管理システムに組み込むためらしいのですが、その管理システムがいつまで立っても出来ないそうです。どうやら他の管理局との兼ね合いや、リストが手書きのものが多いのでうんぬんかんぬん・・・。


先のことまで考えて仕事ができないのは、どこもいっしょなんだなあと思いました。
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