もし日本語教師がアラビア語を勉強したら

日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編、日本生活復帰編を経て、大学院編に突入します!

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「〜ようです」で偏見を作らない

先日、日本語の授業で、推測の「〜ようです」を教えました。
「ドアをノックしても返事がないし、メールの返事もないし、家の中も暗いし...田中さんは旅行に行っているようです」と予想する意味の「〜ようです」を教えました。

その時に、話の流れから「どこを見たら日本人、中国人、韓国人がわかるか」というトピックに流れて、「あの人たちは静かなので、日本人のようだ」とか「うるさいので中国人のようだ」とか「ホットパンツを履いているから韓国人のようだ...」「電車の中でお酒を飲んでいるから、日本人のようだ」...などと言ったフレーズが出てきて、まあまあなかなか面白いじゃないか、と思っていたのですが、ふと、これは偏見だ!!と気づき、「でも、これはステレオタイプですよね。そうじゃない人もいっぱいいますよね。というか人によって違いますからね」と言って、学生たちも「それはもちろん」と納得していました。


つい、「〜人は...」というのは面白いし話しやすいけど、本当に人によって違います。
私はロングスカートしか履かない韓国人も知っているし、おとなしい中国人もたくさんいます。
うるさい日本人もいるし、電車の中でお酒を飲んでいる人を心底嫌がっている日本人もいます(私)。

いろんな国の人と出会って、話して、ステレオタイプ以外の人と出会って交流することも私を含めてクラスに参加している全員にとっての財産になると思います。
日本にいて外国の人と知り合うのは難しいのかもしれませんが、是非多くの人に外国人と触れ合って、一言で「〜〜人は...」と言い切れないことを体験してほしいです。

私も何でもかんでもひとくくりにしないように、そういう知識を広げないように気をつけます。

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