もし日本語教師がアラビア語を勉強したら
日本語教師とは語学のプロ(のはず)。そんなプロ(の駆け出し)が語学に挑戦したら、どうなる?をテーマに始めたブログも、アラビア語学習編、ヨルダン生活編を経て、日本生活復帰編に突入します!

自分がいなくなった場所に対しての思い

間も無くヨルダンから日本へ帰国して約2年が経ちます。
この2年の間に、私も変わったし、ヨルダンも変わったし、ヨルダンを取り巻く環境も変わってきました。

でも便利なもので、インターネットを使うと距離を超えることができます。
だから2年経ってもヨルダンで教えていた学生と連絡が簡単にとれたり、来日した学生たちに再会したり、いろんなご縁があって繋がることができています。

でもだからこそ...「ん??」と思うこともあります。

自分が2年かけて目指していたことが壊れていったり、良かれと思ってしたことが全然違う方向に向かっていて思わぬ展開を遂げてたりするわけです。

でも、ベルサイユの○らだってトイレのCMやっているような時代なので、自分が思い描いていたことがどう変わっていくかなんて自分でコントロールできるわけではないんですよね。
「生きるとは変わること」なんだと。


だから変わることが悪いんじゃないんです。
当たり前。
むしろ素晴らしきかな変化。


私は最初から2年だけの契約なのだから、むしろ契約が終わった今、アーダコーダいう権利はないんです。
そしてこのアーダコーダが正しいわけもないし。



帰国してから、私はヨルダンの経験を経て、国内の日本語教育の現場に教師として関わってきました。
今後も変化していく予定です。


でも、どんな現場に立っても、私の日本語教師としての履歴の中で「ヨルダンでの2年半」は、貴重な経験であり、誇れる時間でした。
また、教師としてだけではなく、生活の中でもヨルダンでの経験に守られたり助けられたりしてきました。
過去形で書きましたが、きっとこれからも、いやむしろこれからはもっと美化されて輝いているような思い出になって、私の人生を助けてくれるでしょうインシャアッラー。


思い出とか美化してかっちょ悪いけど、人生を止めることも巻き戻すこともできないのでこれから与えられる道を一生懸命生きようと思いました。

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